フォーミュラーカー試乗
-別次元の世界-




 アメリカに来たら是非やってみたかったことが2つある。1つはスーパーカーをレンタルすること、そしてもうひとつがは本物のレーシングカーを操縦することだ。モータースポーツの本場だけあって、レーシングカーの体験プログラムはいくつもある。しかし、どれも決して安くはない・・・大体、エントリークラスの1.6Lレベル(日本でいうFJ)に半日乗って$500〜というのが相場。もしくは、フォーミュラーではなく、ストックカーに体験試乗して$300〜。なかなか悩ましい。前者は価格がちょっと高いし、FJなら日本でも乗れる。後者は、もてぎで同乗試乗したことがあるし、実はあまりストックカーのスタイルが好きじゃない。さてどうしたものか・・・・と悩んでいた時に偶然見つけたHP,それが
このDriving101だった!!



 レプリカではあるものの、オープンホイール型のフォーミュラーカー、しかも600馬力!!に$300で乗れる!F1に代表されるフォーミュラーカー。地を這うスタイリング。マスの集中化を極限まで煮詰めたディメンション。車のビデオマガジン ベストモータリングで、GTマシンすら周回遅れにしてしまう異次元の速さ。の、乗ってみたい!!やはり車好きたるもの、フォーミュラーマシン試乗は避けて通れまい!しかも600馬力ですよ、600馬力!!生涯最強のダッジバイパーですら500馬力未満なのに、推定600kg以下のこのボディに600馬力・・・これぞアメリカ最大のイベント!レプリカというのが気になるが、フォーミュラー+600馬力+$300のトリプルアタックの前では無力。早々にインターネットで申し込みを済ませたのであった。

いざカリフォルニアスピードウェイへ
 さて、いよいよその日はやってきた。アメリカでの最大イベント。レーシングカーの試乗だ!!以前から気になっていたHeartzでの高級車レンタルコースでジャガーXJ8を予約。ひひひ。一度ジャガーにも乗ってみたかったのだ。日本ではどこもレンタルしてないからねぇ。今回は使い捨てカメラのスキャン映像及びDriving101のHP画像でご容赦願いたい。
 カリフォルニアスピードウェイは、やや内陸側のフォンタナという場所にある。私が住んでいるニューポートビーチから100kmくらい。程よいドライブをジャガーで楽しむ。





ネバーロスト(カーナビ)に導かれ約1時間。いよいよ運命のカリフォルニア・スピードウェイに。


窓越しに響く爆音・・・ここで軽く後悔。響き渡るレーシングサウンドは、残念ながらF1のような高音ではなく、いかにもアメリカンなドロドロとしたV8エンジン・・・そう、この体験マシンのエンジンは本物のレーシングユニットだが、高価なINDYではなくストックカーのものであった。むむむ。

 会場では念願のフォーミュラーマシンがお出迎え。地を這うそのスタイルはまさしくフォーミュラーのそれ。 高鳴る鼓動。テンションも急上昇。

 しかし、近くでみると、イマイチ パーツが雑というか、安っぽい・・・


 ウイングの鉄板も大振りだし、サスペンションアームもスチールのシンプルなもの。レイアウトこそフォーミュラーのそれだが、F1のような研ぎ澄まされた美しさはない。もしかして、騙された・・・?所詮、レプリカか・・・と、またまた後悔の念が頭をよぎる。

 到着早々、レンタルのドライビングスーツに着替え、ブリーフィング。コースは3週。先導車に近づきすぎても、離れすぎてもダメ。3週目に最高で240kmに達する予定。シフトは不要のAT(!)。スタートはなんと押しがけ!おいおい、あまりにもアメリカンすぎじゃないか、それ。深まる後悔の念・・・

 ミニバンでコースを1週下見した後、すぐにドライビング体験に。日本では考えられないイージーさだ。周りを見渡せば、結構年配のおばちゃんも。

 いよいよコックピットに。



 一応、ハンドルを外して乗車するところはフォーミュラーっぽい。しかし、ボディの鉄板といい、サスペンションのパイプといい、あまりにも手作りっぽい。メータークラスターも原付のようなクオリティだ。

 やっぱり、本物のストックカー体験にしとけば良かった・・・

後悔がピークに達した瞬間。

しかし、ストーリーは意外な方向に。

通常のバスタブの半分くらいのコックピットに足をつっこむ。せまい。異常にせまい。これは想像外だ。着座すると、まず驚くのがペダルの位置。なんと、ヒップポイントより上にペダルがあるのだ!!視点も低いなんてもんじゃない。目線の高さにタイヤの上端が!こいつは何かがおかしい。スーパーセブンがフォーミュラーに近いなんて言うけど、そんなレベルじゃない。物理特性の極限だ。これがフォーミュラーか!!
 シート位置が調整できないため、背もたれに詰め物を入れて調整するのだが、やたらと神経質に具合を聞かれる。そんなに細かく調整しなくても・・・適当なところでOkをだすと、次は6点式シートベルト。全ての金具を装着し終えたあとだ。
 おもいっきり、痛いほどシートベルトを締め付けられた。体の自由はほとんど効かない。手足の先だけだ。クルマに貼り付けにされた・・という表現がピッタリ。

その瞬間。

俺は全てを悟った。俺もパーツの一部なんだと。乗用車はその名の通り、人が乗用するためにある。人が主人公だ。たとえどんなスポーツカーでもスーパーカーでも、それは変わらない。フォーミュラーカーは違う。速く走るためだけに、コンマ1秒でも速くライバルに打ち勝つことが存在意義だ。速さが、なににもまして優先される。ドライバーもそろ例外ではない。重量物として極力センターに、低い位置に搭載されるのだ。

 一気にアドレナリン上昇。視界は狭く、ほとんど前しか見えない。こんな状況でバトルができるプロドライバーは本当にスゴイと思う。エライことになってきた。ヤバイ。こんなマシン、本当にドライブできるのか?600馬力だぜ。練習もなしに。

あれだ。あれと同じ。バンジージャンプ。踏み切り台に立った瞬間、「俺、なんで金払ってこんなとこにいるんだろう・・・」という戸惑い。
 そんな迷いをあざ笑うように、後ろに押しがけ用のマシンが位置につく。


 エンジンスタートはワンチャンスだ。迷いを振り切り、クラッチを踏み込む。軽い衝撃とともに加速を始めるマシン。5秒ほどのプッシュのあと、クラッチをリリース。轟音を上げて目を覚ます600馬力!しかしATということもあり、その加速は思ったより緩やかだ。先導車に遅れないよう、ユックリとアクセルを踏み込み、パワーを開放していく。

 ここで最初のフォーミュラーカーの洗礼を受ける。それはインフォメーションの洪水だ。ステアリングやシートを通じて、コンマ単位で送られつづけるインフォメーションの波!!路面の状況、車体の姿勢、パワー、全ての情報がものすごい勢いで伝わってくる!こいつは・・・正直、自分の神経では捌ききれない。乗用車に乗って「このクルマはインフォメーションがいい」などとコメントするのが児戯のようだ。F1ドライバーはやはり天才だ。人種が違う。この怒涛のインフォメーションひとつ逃すだけで、死ぬこともあるのだろう。

最初のコーナリング。ここで第2の洗礼、横Gが体を襲う。く、首が・・耐え切れない!ものすごい横Gだ。ボディの横にヘルメットを当てて、やりすごす。なるほど、6点式シートベルトで体を括り付ける訳だ。ちょっとでも体が動くようでは、まともに運転はできない。

ストレート。天井しらずに加速するマシン。叫ぶエンジンも、風切り音にかき消される。ものすごい勢いで前から後ろにすっとんでいく路面は、しかし着座位置の低さのせいもあって、荒れ目のひとつひとつまで分かる。

何度目からのコーナー。バンクにつっこんでいくマシン。軽く200kmを超えているだろう。まさしくジェットコースター。しかし、このコースターの操舵は俺に任されている。「今、拳1つ分切り損なうと、壁にあたって死ぬんだろうな・・・」そんな想像をあざ笑うかのように、マシンはタイヤのスキール音はおろか、限界の片鱗すら見せない。どんなスーパーカーでも達成しえない、物理特性の違いが生み出す世界。タイヤが4つとエンジンが1つ、それだけが共通項。フォーミュラーマシンはクルマじゃない。クルマという言葉と経験から想像される世界とは大きくかけ離れた乗り物だ!まったく別の世界。

 最終コーナーをクリアした後、最後まで600馬力を開放することはなく、俺はアクセルの床まで踏み込む事すらただの一度も許されなかった。290kmでのコーナリングを可能にするというマシンの、その限界より遥か下の世界でも充分以上に異次元の世界だ。

 最後のピットへと続く道のりで、せめてもの抵抗に、ひとつ俺はドリルを破った。説明会では決してブレーキを踏むな、アクセル戻せば充分に減速するからと。足を踏み換え、ブレーキに力を入れてみる・・瞬間、ものすごい減速G!!あわててアクセルを踏みなおす。

 こうして、俺の試乗史上最速の経験は終わった。300ドル、安すぎる。
あれから5年が経過し、その後も570馬力のムルシエラーゴや700馬力のサリーンにも乗った。しかし、あの体験とは別次元だ。フォーミュラーマシン、その凄さは加速でも最高速でもない。あのディメンションが生み出す脅威の物理特性こそその真価。今でも色あせない、最高の思い出。

死ぬまでに本物のF1をドライブする、生涯の目標だ。

 

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